松浦理英子/犬身

犬身

犬身

ほぼ1か月で505P読了。読んでたのは会社の昼休みのみだからまあさくさく読めたかな。もともとこの人の本は読みやすいんだよね私。
基本的に私はイイヒトなので(自分で言うw)主人公の救済が描かれないようなはなし、破滅に向かって一直線、みたいなはなしは読んでてイライラするんだけど、この人のはなしだとどんなに主人公が不幸になっても気にならないっていうかw。
ジャンルとして純文学ですし、小説として扇情的な性描写があるわけじゃないけど、モチーフに禁忌的暴力的な性行為があります。年齢的情緒的に理解不能と思われる方は見ないでください。もちネタバレ注意。





処女作「葬儀の日」が22才。「セバスチャン」が翌年23才、「ナチュラル・ウーマン」が29才、「親指Pの修業時代」が35才、「裏ヴァージョン」が42才、「犬身」が49才。
女性に対して大概失礼なはなしだと思うけど、この人の書くものの変遷を考えると年齢という要素はあると思う。私がこの人の本を初めて読んだのはぱふの書評にあった「セバスチャン」で、刊行から半年くらい経っていたと思うけど当時作品中の「主人と奴隷」という言葉がSM関係の一種であるDSの概念にある語彙だなんて知らずに読んでたよ子供だったから。
でも夏休みの暇つぶしに百科事典を頭から読む活字フェチで、家にある本は親父の週刊誌から兄貴のpopeyeまで残らず読んでた私がそれを知ったのはほぼ20年後の2000年頃です。ちなみにセバスチャンの刊行は1981年ね。
女性同士の同性愛的執着を“普通に”描いてきたこの人は、実際に女性同士の性行為を含む「ナチュラル・ウーマン」の後「親指Pの修業時代」から、現実にはあり得ない現象によって動く日常を描くようになったけど、それがいわゆるファンタジー小説であるように見えないのはそこで描かれる物語がその設定内で起きる“普通の”できごとでしかないからだと思うんだ。“過剰なまでの現実”というか、いわゆるシュールレアリズム的な無意識の描き出す非現実風景じゃなく、その風景があるために非現実的経緯は必要だけどその風景自体は現実のものでしかない、というような。シュールっていうよりハイパーレアリズムって感じかなー。
そういうものを描くようになる経緯として、この人はある種現実で物事が動く物語にナチュラル・ウーマンの後で見切りをつけたんじゃないのかな。「犬身」の帯には「あの人の犬になりたい」「好きな人間に犬を可愛がるように可愛がってもらえれば、天国にいるような心地になるっていうセクシャリティね」という本文中の房恵の言葉が印刷されてるけど、それは本来房恵自身にとっても実現不可能な比喩的表現のはずじゃん。それが本当に犬になってしまうのでこっちはびっくりするんだけど、確かにこの物語において、房恵が犬にならなければ房恵と梓の物語は動かないと思うよ。
私がこの人の主人公の不幸に胸が痛まないのはだからだと思う。このはなしでいえば房恵が犬になった時点で本当ならあったはずの房恵と梓の物語は置き去りにされる。梓が語るように現に梓と房恵は出会ってそれなりに交流を持ったはずなのに、房恵自身がヒトである自分に向けられた梓の好意には目もくれずにヒトであることをやめてしまうんだもの。主人公自身が見捨ててしまうような主人公に、読んでるだけのこっちが気をもむ理由がないじゃんw。
房恵の判断は間違ってないと思う。房恵がヒトであったなら、梓がフサを愛するように房恵を愛することはないだろう。そもそも房恵の望みは「犬のように」愛されることじゃなくて「犬として」愛されることなんだから。いやそんなんよほど特殊な性癖に殉じる覚悟の人じゃないと、無理ですよw。
ただ望みどおりフサが梓に愛されたことでフサが梓の事情を知り結果として事態が動いたとしてもそれは本当に梓にとって幸せなのかって言ったらはなしは別だと思うし。そりゃ梓と旧知の仲である未澄ですら彬とのこと知らなかったんだから、フサが人間のまま梓と付き合ったとして事情を知るようなことにはならなかったと思う。だけどそんなこと知らなくても、梓の目がよそに向くだけでほんとは事態は変わったと思うんだよね。
実際梓が彬を拒絶してからはほんと先が気になってしょうがなかったけど、それって25mmくらいあるこの本が3mmくらいになってからなんだよね。「これ終わるの?」と平成ライダーを見るような感想を抱いたけど(w)、最終的にこの問題が動くきっかけって家族会議なんだよ。それっくらいのことで動くはなしなら、もっと早くになんかしてたら良いんじゃん(^_^;。
どんな秘密があっても犬好きの30女が仲良くなるはなしが現に書かれたこのはなしより面白いとは思わない。このはなしが書けるのはこの人だからだと思う。でもヒトの身で梓の力になろうとしてうざがられるより、犬になって可愛がられる方がうれしいもん、と躊躇いもなく思うこの人の主人公が私は好きじゃない。主人公のこのすごいくらいのエゴMぶりがこの人の才能だとは思うけど、幸せになって欲しいと思わない主人公というのもなあ、とは思っちゃう。
まあ終盤先を急いだ感はあるけど面白かったよ。最終的にハッピーエンドというのも斬新といえば斬新だったけど、その幸福が房恵の我が通っただけであるということが、ここまで分かりやすいというのもどうかと思うなー。
発行から2か月で3版かかってるってことは、それなりの部数は出たってことだと思うのでまた次の作品をお待ちしてます。性格の悪い主人公も、まあ良いんじゃないかな。別に現実の知り合いじゃないしw。