八重の桜/第12話「蛤御門の戦い」

脚本:山本むつみ 演出:一木正恵
元治元年(1864年)八重(綾瀬はるか)20才、覚馬(西島秀俊)37才、尚之助(長谷川博己)29才、修理(斎藤工)31才、容保(綾野剛)29才。 *1
意外なほど詳細に戦況を追って、45分の大半がドンパチというまさかな回であった。しかしそれだけに見応えあった。
ほんとにさー。こんなややこしいはなしをなぜ今まで分かっていると思って見てたんだろう。まるで分かってなかったよ。今ですら半分くらいしか分かった気がしないから、きっと今まではさわりしか分かってなかったはず。
なんか今までは言葉としての事実としか認識しなかった「御所に銃を向ける」とかそういうことの意味が、この番組だと重さを持って実感できるんだよね。たぶんそれって脚本がどうこうじゃなく、劇中の人物にとってもなにかを為すための手段でしかなかった諸々を、この番組の劇中人物は大真面目に「帝のため」とか「日本のため」とかでやってるからだと思う。だから対立する立場の人の気持ちも、暴走とか理不尽とは思っても、同じ重さで胸にくるんだよね。
つーか久坂玄瑞須賀貴匡)って、組の池内君だったり龍馬伝のやべ君だったりのイメージが強くて、貴族的で賢そうな須賀っちの久坂だと行動の動機がピンとこなくてあんま分かんなかったんだ。
でも今週の最期で、行動を起こした以上会津を敗る以外に自分たちの行動を説明することはできない、勝てないなら命で自分たちの正義を説くしかない、という主張が腑に落ちたから、桂(及川光博)との別れや戦場での自刃がすごい切なかった。会津にとっては敵方だけに単純な悪役に見えかねない役だったけど、良い役良い最期だったと思う。別れて焼けた京の街をさまよう“逃げの桂”の涙も、意外だったけど重かった。
病身に戦支度の容保様は、今週も絶好調に可哀想だった。ごめんこんな言い方で。でもそこを見込まれてのこの役だと思うw。
京の街が戦場になって頼母(西田敏行)の直言は現実のものになって、それをあらためて言い立てたりはしなくても、自然と見ている方が思い出すようにシーンを積み重ねる。良い脚本だなあ。
そういえば会津の方は乙女な八重さんのヂレンマが終わらないけど、尚之助さん(長谷川博己)良い役だよなあ。いつもここぞってとこで株を上げる。なにが不満だ八重ちゃんw。
お救い小屋の大垣屋(松方弘樹)はこのメンツで見ると「多襄丸……」とか呟いちゃう松方さんだったけど、この後の展開があるんだろうか?

*1:生年より単純計算