ニーナと顕彦さん

昨日書いたチェーホフの代表作に「かもめ」というのがありまして、その昔の新劇界では男優ならハムレットハムレット役、女優ならこの作品のヒロイン、ニーナが最も才能を認められた役者のやる難役といわれていたわけです。
藤原竜也ハムレットをやる昨今では基準にもなりませんが)
私が演劇に関わってた頃すでにそういうのは過去のはなしになりつつあったんで詳しくは知りませんが、ハムレット役なら場面ごとの支離滅裂な言動、ニーナ役なら劇中2年が経過する間になにも分かっていない脳天気な女優志望の田舎娘が、不幸な恋愛を経て名声とは遠い場所にいながら女優という仕事に自分の存在証明を見出す演技にリアリティを持たせるのは容易くはないからでしょう。
この「かもめ」、ニーナは劇中で信じた男に捨てられ子供も失う、主人公のトレープレフは結局自殺する、という暗暗なストーリーにも関わらず、「喜劇4幕」となっています。愚痴ばっか言いながら自己完結している登場人物たちは、確かにある意味笑えるんですけどね。
私自身は読んだ中学生当時子供だったこともあり、喜劇というのは作者の皮肉にすぎないだろうと思っていたし、テレビで時々見られる劇場中継のとってつけたような喜劇的演出は、悲劇性を損ねるだけだと思ってました。
しかし雀百までとはよく言ったもので、当時覚えたニーナの長台詞は未だに私の脳内ハードディスクに納まっていて時々フラッシュバックするわけです。そんなふうに脳内上演されるニーナの台詞に「あー。確かにこの浮いたり沈んだりは十分喜劇かも」と思うようになったのはここ数年ですが。
(やばいやつだとつっこまないように。自覚してます)

一方顕彦さんですが、当初は松田さんの仕事としてあまり喜ぶ気になれなかったというのが本音で、それは偏に“メロドラマの2枚目”というのは松田さんのキャラとは違わない?という気がしたからで、ライダー終了後のメロドラマがライダー役者の指定席になっているのは承知の上で、例年より年齢の高い今年までそれをやらなくても、と思ってました。伯爵家のぼっちゃんなら渋江君で良いじゃん、とも思ったし。ただまあヒロインが遠山嬢と上原嬢では、渋江君の方がお肌若いですもんねえ。

私は松田さんに主役は張れないとは思いませんが、基本的には脇役の方が活きる人だと思っています。響鬼終盤は仮面ライダー斬鬼ではあったけど、同時にあきらと朱鬼や轟鬼のキャラクターを十分立てたじゃないか、と思っています。松田さんが役者の仕事を末永く続けるために必要なのが制作者の目に止まることだとしたら、下手に主役をもらうより脇役の方が良いんじゃ、とも思ってました。それらを踏まえて登場した顕彦役の松田さんは、叩かれてるほどひどくはないけどわざわざ誉めたいほど良くもない、という感じで最初の時点で評価するなら今後につながる気はしませんでした。ただ主な叩かれポイントになっている聞き取りにくい台詞に関しては、松田さんが20代前半をやる以上、私が演出だとしてもああやってもらうよ、と思って見ています。

というわけでタイトルの「ニーナと顕彦さん」なんですが、顕彦さん。笑えるくらい分別ないんですよね。左翼運動とかやりながら仲間に貢ぐ活動資金はおとうさまのお金だし、特高の監視を受ける自分が関わったら危ないからミネちゃんを拒絶したんだと思ってたら単に落ち込んでた気分だけかよ! おまけに出てきたらおかあさまにお金もらってホテル住まい? ありえねーーーー。
顕彦役が555の唐橋くんだったら、って意見を見たけれど、彼ならさぞかし笑える顕彦さんを演じてくれることでしょう。それは演出次第でニーナが支離滅裂ないっちゃってるキャラになるように。でもね。私はそんな顕彦さん見たくないです(笑。

自分の感想とよその感想を読み比べると、私は頭固くて融通利かないんだなーと思います。でもそんな私の目から見ると、個人的な父親への反感で左翼運動始めちゃう、しかもその活動に関わる自分が父親の力に守られていることにまるで疑問を感じない顕彦さんは愚かしくもリアルで、うっとおしくも可愛らしいです。

響鬼の頃の松田さんの印象は役に取り組む意欲は意欲として、自分の経験で培ったノウハウで芝居をしている、ある意味クールな役者さんでした。けれど顕彦を演じる松田さんに、彼のキャラで笑いを取るようなけれん味を求める気には私はなれません。それが本来の顕彦役に求められる役割だとしても、今の私が顕彦役を演じる松田さんを見ているのは、母親の愛情を有り難がることも思い付かないほど愛されて生きてきながら、父親の愛情を信じられない自分には世の中を呪う権利があると信じる25才の青年に入り込む松田さんが見たいからなので。

そういう松田賢二の演じる顕彦が、うまくこの番組にはまることを願うのはもちろんですが。