刑事の現場/第2回「48時間の壁」

http://www.nhk.or.jp/dodra/keiji/index.html
ちょっと前に忍成君がビジュボの日記で書いてて、民放ドラマの犯人役ゲストとかかしらと思ってたらNHK土曜ドラマと判明。しかし先週は1ポンドを選んだので録画できなかったんだが、ハイビジョンで6時からやってるから録画できたことを母親に言われて気付いたよ。「録画したけどもう消した」と言われてかーなーり、ショック(´・ω・`)。
つうわけで第2回の昨日から録画して最後の方だけ見ていたのを今日になって見たんだが面白かった。
トップクレジットは寺尾聡になってるんだけど、実質的な主人公は森山未来だね。忍成君は同期だけど刑事としては1年先輩ってことで、あんな小僧な刑事がいてたまるかと思ったら、今刑事の半数以上は20代の新米なんだって。現場を支えた団塊世代の大量退職でそうなってるらしい。
警邏中に公務執行妨害で逮捕した老人が小学校時代の恩師鵜飼。しかもその指紋が1年前の殺人事件で出たものと一致して、違法な別件逮捕捜査であることを信頼していた教師から責められる森山未来の加藤が秀逸。指示された捜査方法に疑問を感じる一方で、でもそれを責める恩師も自分が信頼していた厳しいけど大きかったその人とは変わってしまっている。
1年前の事件で殺されたタクシー運転手の母親を演じるのが劇団四季(元?)の三田和代さんでこれがかーなーり、すごい。
鵜飼と殺された運転手の繋がりを調べるために訪ねてきた伊勢崎(寺尾)を詰り、話すことはないとドアを閉めた部屋の中の慟哭の声。「あの子がいたから暮らしだってなんとかなっていた。今でもあの事件を思い出すと手が震えるのだ」という短いシーンに込められた現実。働き手でもあった一人息子を失ってただ一人残され、捜査本部は解散して事件には進展の見込みもない。自分は苦しい生活の中で、絶望を抱えて生きていくしかない。
でもやがて明らかになるのは、元々の発端は鵜飼の孫娘が死亡した運転手の起こした事故で死んで、しかも警察はそれをただの落下事故として処理していたこと。何度も調べてくれと足を運んだのに警察は調べようとしなかったと事故現場で鵜飼が伊勢崎を詰るシーンで、腰縄を離し「警官の一人として謝罪する」と頭を下げる伊勢崎の隣に走って頭を下げる加藤が良いシーンだ。
事件の時点でただの事故でないことが分かっていれば、孫娘を失った現実は変わらなくても犯人を殺そうとまではしなかっただろう。それを調べてもらえなかったことで、妻までが後悔の中で死んでしまい、残った自分は犯人への恨みから最終的に相手を殺してしまうところまで行った。
自白のシーンで加藤が幼稚園時代に殉職した父の葬儀で、父に感じた誇らしさが刑事を目指した動機だったこと、「おまえが刑事になれるはずがない」と同級生に言われて泣いていた自分が鵜飼に言われた「刑事になって見返してやれ」という励ましが自分の支えだったのに、刑事になっただけで満足して先生の顔も忘れていた、と謝罪していたけど、登場人物のみんながそれぞれの傷みの中で理想を忘れているんだよね。だって伊勢崎に子供だった加藤のことを聞かれて「刑事になるなんて思えなかった」って答える鵜飼は、きっと子供だった加藤の夢のことなんか忘れてたもの。
鵜飼に自首を迫られて拒んだ運転手の立花も、自分がはねたことがばれなかったせいで母親のこととか考えて、捕まらずに済むならと思ってしまったんだよね。
理想のない人なんか誰もいないけど、つらい思いをしながら他人を思いやれるものでもない。1か所で起こった理想のない捜査のせいで、いろんな人が罪を償う機会を失ったり新たな罪を犯したり、そしてようやく犯人が捕まった時には、自分の息子が罪を償う機会もなく殺されたことを知り、きっとそれは自分がいたからなんだろう、とか思いながら生きないといけないんだよね。
でもさー。そういう真実を明らかにするのが鵜飼と知り合った自殺志望の中学生で、「すごく怖かったけどいつも遠くで見守ってくれた」という風に、鵜飼が「変わっていなかった」と語られるのがすごく良いと思うんだ。
人は常に理想を掲げて生きられるほど偉くないけど、理想もなく生きられるほど卑しくもないんだよね。
撮影はオールアップしてるはずだけど全4回あと2回かー。
まあNHK土曜ドラマの密度は、この短さ故だと思うけどさ。