本の雑誌2016.8/特集=さようなら、吉野朔実

本の雑誌398号

本の雑誌398号

Amazonから新刊情報が来るんだけど、見にいった先の関連リンク(一緒に買われている本、的な)で去年の4月に吉野さんが亡くなっていたことを知った。途中で読むのをやめた「Period」の結末が気になって買おうかと思っていたくらいで、自分の中では完全に現在進行形の物書きだったから、物故の情報はまったく不意打ちだった。
その時点ではそこまでショックじゃなかったというか、もちろん亡くなったことのショックはあったんだけど、自分自身の生にも死の匂いを感じる年になって、「だってこの人私より年上だったもんなー」と思った時、「信じられない」とは思わなかったのだ。なんというか、それはある種日常的な“文化人の訃報”で、私自身の感情的な実感じゃなかった。
とりあえず追悼特集のこの号を頼んで昨日職場に届いたんだけど、冒頭の清原なつのさんと桜庭一樹さんの追悼文を読んだだけでいきなり泣けた。桜庭さんの文章にある「少年は荒野をめざす」の導入部は私の記憶にもはっきりあって、それを思い出した途端かっこで区切った“文化人の訃報”が、自分に大切なものをくれた人がまだ若いのに死んでしまったのだという事実として胸に迫った。
少女漫画という表現はたぶんあの頃がピークだったんだと思う。成熟した表現は熟しすぎて、ジャンルには収まりきらないものまで囲い込もうとするようになった結果、発表の場を他ジャンルに移すようになった。残った少女漫画ははじき出されることを怖れて、過剰なまでに“少女マンガ”であろうとしている。
清原さんの追悼漫画で集英社との専属契約を切られた吉野さんが「私たち営業に出ましょう」と言うのを、「りりしいなあ」と見送るところがある。思えば吉野さんの主人公はいつだって風変わりで、そんな自分を好きでいたければ自分が強くなるしかないのだと私に教えてくれていた気がする。私が大人になってからも。
いなくなったことを噛みしめれば今でも涙が出るけれども「安らかに」というのは違う気がする。なにかを言おうとすれば感謝の言葉しかない。